この記事の要点
シングルマザーとして2歳の息子を育てながら、未経験からウェブマーケターへキャリアチェンジを実現した山口美生さん。その道のりの裏には、死を考えるほど追い詰められた妊娠期間も、何度も後悔した夜もあった。それでも彼女は前を向き続けた。「子育てを言い訳にしたくない」という意志と、「子育てがあるから本気になれる」という逆転の視点を持って。シングルマザーとして、女性として、自分らしく生きることを諦めない美生さんのリアルな葛藤と、その先にある生き方のヒントをお届けします。
インタビューが始まってすぐ、画面の向こうから2歳の息子さんがひょっこり顔を出した。美生さんはすぐに笑顔で息子さんの名前を呼び、息子さんもお母さんの声にパッと表情を輝かせる。その空間にはあたたかい空気が流れていた。
素敵なお母さんであり、素敵な女性だと、画面越しにはっきりと伝わってきた。
山口美生さん、27歳。福岡を拠点にウェブマーケターとして働くシングルマザー。バレーボールのプロアナリストからウェブマーケターへ、異色のキャリアを歩んできた彼女は、取材中ずっと明るく笑顔いっぱいで、その言葉の一つひとつにブレない芯があった。
子育てをしながら仕事を続け、「母親だから」を一切言い訳にしない。その言葉は、強がりでも意地でもなく、ごく自然に彼女の口から出てきた。今回は、そんな美生さんの仕事と生き方の話を聞いた。
シングルマザーの原点|薬剤師の夢から始まったキャリア
人を助けたいという原点
神奈川県川崎市生まれ。喘息とアトピーは生まれつきあったことに加えて、工場地帯の大気汚染も重なり、3歳のころに祖母のいる徳島へ。高校卒業まで四国で育った。
苦しんでいる誰かの力になりたい。その気持ちが、小学生の美生さんを薬剤師という夢へ向かわせた。ただ次第に、人の人生の成長に関わりたいという想いが強くなり、教員を目指すようになっていった。バレーボールが好きで、強いチームのある奈良県の帝塚山大学へ進学し、日本文化学科で民俗学を学びながら教員免許の取得も目指した。その想いはアナリストとして、そして今の仕事にも、形を変えてずっと生き続けている。
キャリア転機|バレーボールアナリストとしての挑戦
独学でプロへ。DMを送りまくった20歳の行動力
帝塚山大学のバレーボール部は、関西リーグのトップクラスに位置する強豪チームだった。選手一人ひとりは確かに強い。でも美生さんの目には、あることが気になって仕方がなかった。戦略も分析も整っておらず、ただ「勝て」と押しつけるだけの指導。これだけの選手が揃っているのに、もったいない。そう思った。
将来教員になったとき、もしバレーボールを教える立場になるなら、戦略や戦術をしっかり学んでおきたい。そんな思いもあったが、何より目の前の「このチームを本当に強くして勝たせたい」という強い意識が、美生さんを突き動かした。そう判断した彼女は、大学1年の終わりにプレーヤーからアナリスト——試合の映像や数値データをもとに相手チームの傾向を分析し、戦略立案を支える役割——へと転向する決断をし、学び始めた。
先輩もいない、教科書もない。最初は戦術の考え方を学べればいいという思いだったが、やり始めると突き詰めたくなった。SNSでプロのバレーボールアナリストを片っ端から探し、DMを送りまくった。当時20歳、大学3年生のことだ。
「今考えたら、『クソガキだな』って感じなんですけど(笑)」
そしてその行動力が、一つの出会いを引き寄せた。北海道在住のアナリストと繋がり、一から百まで丁寧に教わった。約2年間の学びを経て、技術は確かなプロレベルへと育っていった。結果はすぐについてきた。関西3冠、全国大会4年連続出場。数字が、全てを物語っていた。卒業後はプロリーグへの道が開かれ、約2年間、プロの世界でアナリストとして活動した。充実した日々を送っていた彼女に、やがて大きな転機が訪れる。
シングルマザーのキャリアチェンジ|妊娠から始まった新しい道
受け入れてもらえた、ありがたい縁
最大の転機は、23歳になった時の妊娠だった。プロアナリストとしてキャリアを築いていた最中、子どもを授かったのだ。それを機に、彼女はバレーボールの世界から引退することを決断した。
そのタイミングで手を差し伸べてくれたのが、チームのスポンサーを務めていた会社の代表だった。「うちで一緒に働かないか」という言葉を、美生さんは二つ返事で受け入れた。
「なかなか妊婦って働き口ない中で受けてくださって。本当にありがたかったです」
こうして、ウェブの構造もシステムも何も知らない状態から、ウェブマーケターとしてのキャリアがスタートした。子育てをしながら在宅で仕事を続けられる環境を、ここで初めて手にした。
子育てと仕事の両立で感じたリアルな葛藤
最初は右も左もわからない状態だった。サイト制作や公式LINEの構築など、目の前の業務に必死に食らいつく日々。そんな美生さんを変えたのが、代表から繰り返し言われた一言だった。
「質より量。まずは数をこなすこと、って教わって。それが今の自分につながってると思います」
わからないままでもとにかくやる。その積み重ねが1年間続いた。やがて、自分が作ったサイトや公式LINEを通じて、クライアントから感謝の言葉が届くようになった。その瞬間が何より嬉しかったと彼女は振り返る。人を助けたいという、あの頃からずっと変わらない気持ちが、形を変えて仕事の中に生きていた。
シングルマザーの仕事と子育て|境界線のない毎日と葛藤
妊娠期間中は、人生で最もメンタルが苦しい時期だったと、笑顔の裏にある重さをそっと見せてくれた。シングルになったこと、これから一人で育てていくこと、仕事を続けられるかどうかという不安。それらが一度に押し寄せ、死を考えるほど落ち込んだこともあったという。
ウェブマーケターとして働き始めてからは、そのどん底のようなメンタルから抜け出すことができた。だが、別の苦労が待っていた。仕事とプライベートの境界線がない。仕事を片付けたいのに息子が泣く。寝かしつけながら自分も寝落ちして、気づいたら深夜で、残った仕事を前に後悔する。そんな夜が何度も続いた。
「頭ではわかってるし、言い訳にしたくない。でも1歳の息子と二人きりの家で、現実はそう簡単じゃなかった」
それでも続けられたのは、息子の存在があったからだ。
「自分一人だったら、多分ここまでやってなかったと思います。どうにかして幸せにしてあげたい、その気持ちだけが、前に進ませてくれた」
シングルマザーの生き方|「かわいそう」という固定概念を覆す
シングルマザーと聞くと、「大変そう」「かわいそう」という言葉が自動的についてくる社会がある。でも美生さん自身は、そのレッテルとは全然違う場所にいる。息子と笑って、好きな服を着て、好きなものを食べて、好きな場所へ行く。何がかわいそうなの?と、心の底から思っている。
「息子が将来、父親がいないことを周りにとやかく言われるかもしれない。でもその時に『うん、でもうちめっちゃ楽しいし幸せだよ!』って言ってもらえるような母親でいたい」
迷いのない笑顔で、美生さんはそう話してくれた。
子育てしても”自分らしく生きる”という選択
妊娠中にSNSで情報収集をしていた時、気になったことがあった。「お母さんの服装」が、なぜかいつも似たり寄ったりなのだ。白や紺のボーダー、動きやすいパンツ。それ自体を否定するわけではないけれど、まるでそうしなければならないような空気に、強い違和感を覚えた。
「産後の体型を隠したいっていう気持ちはわかる。でも、それって努力次第で変えられるじゃないですか。なんで我慢しなきゃいけないんだろうって。好きなことしたらいいし、好きな服着ればいいし、指先だって可愛くネイルもするし。母親になっても、好きな自分でいていいはずだから」
母親になったことで、何かを諦める必要はない。それは誰かに変えてもらうものじゃなく、自分自身が変えていけること。美生さんは、そう笑いながら話してくれた。
キャリアと人生を変えた考え方
固定概念を外すきっかけとなった一冊
固定概念を外すきっかけをくれた一冊が、『感性のある人が習慣にしていること』だった。感性は生まれつきではなく、今から身につけられるものだという視点が、美生さんの中で何かを解き放った。一つの物事をありきたりな見方ではなく、多角的な角度から捉える。その習慣が、「母親はこうあるべき」という固定概念を外す力にもなった。
12歳からの言葉——「どっち転んでも正解」
そして、ずっと大切にしてきた言葉がある。12歳の時にもらった「どっち転んでも正解」という言葉だ。
悩んでいる道、そのどちらに行ったとしても間違いはない。選んだ道を正解にすればいい。上手くいかなかったとしても、それは間違いではなく、今後の自分にとっての経験となり糧となる。だからそれもまた正解。
新しい選択をする時、今いる場所や仲間のもとを離れて全く新しい場所で1からやっていく不安。「上手くいかなかったらどうしよう」という葛藤。そんな時に最後の腹を決めてくれるのが、この言葉だったという。
「5年後、10年後の自分が今の自分を見た時、そこまで悲観して見ないと思う。今がどんなに苦しくても、最後にはきっと良い思い出になるから。だからそこまで落ちてないよって、自分にずっと言い聞かせてました」
これからキャリアチェンジしたい人へ|シングルマザーからのメッセージ
壁と思わなければ、道になる
同じような道を歩もうとしている人へ、美生さんはこう伝える。
「壁と思わないこと。生半可な気持ちではできないけど、結果が見えるまで続けることが大事。続けてきたから今があるって、自分自身がそれを証明してると思うので」
そしてもう一つ、最初のステップとして大切にしてほしいことがあると言う。
「2年間、ずっと葛藤しながら今になった。だからこそ思うのは、まず自分自身と対話することが大事だということ。どうなりたいのかを、自分の中で明確にする。母親っていう名前はもちろんある。でもそれを一旦外して、女性として自分はどう生きたいのかを、自分自身に聞いてみてほしい」
その問いと向き合った2年間があったから、今の美生さんがいる。
自分を一言で表すと——「精神的に自由」
インタビューの最後、自分を一言で表してもらうと、少し考えてから彼女はこう言った。
「精神的に自由、かな」
自分の時間がなかなか取れない日もある。息子最優先の毎日だから、思い通りにいかないこともある。それでも、心の中は誰にも縛られていない。
「環境は自由じゃなくても、考え方は自由でいられるんです」
子育てを言い訳にしない、ではなく、子育てがあるから本気になれる。その事実が、彼女を自由にしていた。
まとめ|子育てもキャリアも、「人のために」が道になる
取材を終えて、美生さんのことを思う。「人のために」という言葉を、彼女はいつも自然に体現している。薬剤師を夢見た少女も、チームのためにアナリストになった学生も、息子のために前を向いたシングルマザーも、全部つながっている。自分のことよりも、誰かのために力を尽くせる。そんな美生さんが、シングルマザーという概念を笑顔で塗り替えていく。子育てをしながら働くからこそ、一つひとつに本気で向き合える。そんな彼女の生き方が、今の言葉につながっている。
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