「今がどん底じゃない」──転職・子育て・介護を経験した女性経営者が語る、“選べる人生”の作り方

MOREA / 女性経営者

「今がどん底じゃない」──
転職・子育て・介護を経験した女性経営者が語る、
“選べる人生”の作り方

シングルマザーとして起業した坂田早希さん。転職、子育て、介護を経験した女性経営者が“選べる働き方”を語る実体験インタビュー。

坂田 早希

2026-6-1

「今がどん底じゃない」──
転職・子育て・介護を経験した女性経営者が語る、
“選べる人生”の作り方

この記事の要点

シングルマザーとして娘と二人三脚でエコー実技セミナーを立ち上げた坂田早希さん。転職の壁にぶつかり、独立後も何もできない4ヶ月を過ごし、売上の波に何度も不安になった。それでも「選択肢を増やすことで、働き方も生き方も自分で選べる」という信念を手放さなかった。働き方に迷う女性へ向けた、リアルな葛藤と選択の話をお届けする。

大阪市内のセミナールーム。テーブルの上には、必ずコーヒーとおやつが置いてある。

「コーヒーを淹れて、話を聞くことが、私の一番大事な仕事なんですよ」

そう笑う坂田早希さんは、医療従事者向けのエコー実技ハンズオン(超音波検査の技術を実践形式で学ぶ)セミナーを運営する女性経営者だ。臨床検査技師や医師など、キャリアに悩む医療職に技術と選択肢を届ける仕事をしている。シングルマザーとして娘を育てながら30代で独立し、現在は受講生の3分の1が地方から足を運んでいる。

華やかな経歴があったわけではない。転職活動はうまくいかず、事業を始めても最初の4ヶ月は何もできなかった。それでも今、確かな場所に立っている。

坂田早希さん

「どうして一歩踏み出せたんですか?」と聞くと、坂田さんは少し間をおいてから答えてくれた。

「転職を何度か試みたけど、どれもうまくいかなくて。じゃあこのまま今の場所で働き続けるのか、と考えたら、それも違うと思った」

医療職の女性が転職やキャリアチェンジを考えたとき、スキル不足という壁にぶつかることは少なくない。坂田さん自身がその壁を経験し、同じ悩みを持つ人たちのために事業を始めた。たくさんの選択肢を作って選んだ結果として辿り着いた独立。その話を聞きながら、これはキャリアの話だけじゃないと感じた。

坂田早希さん、大阪拠点のエコー実技セミナー経営者。臨床検査技師・医師など医療従事者を対象に、現場で使えるエコー技術を教える場を運営している。シングルマザーとして娘と二人暮らし。転職の壁と子育て、親の介護の制約が重なり、独立という道を選んだ。

「エコーができないと転職できない」|壁にぶつかって気づいたこと

転職しようとした日、エージェントに言われた言葉

医療職として転職を考えたとき、エージェントから繰り返し言われた言葉があった。「エコーができないと転職できない」。だから先輩に「教えてほしい」とお願いしたが、病院という閉鎖空間には外部の人を入れてもらえない。坂田さん自身がその状況を経験したからこそ、同じ境遇の人が必ずいると確信した。

「ずっと、もったいないねって言われ続けてたんです。私が同じ状況なんだから、そういう人たちって、いっぱいいるんじゃないかと思って」

現場にいる人が「もったいない」と感じながら動けない。その構造こそが事業のコンセプトになった。

医療職向けエコー実技セミナーで超音波検査を学ぶ受講生

想定外だった、20代と50代の二極化

当初ターゲットとして想定していたのは、30代の医療職の方だった。しかし、蓋を開けてみれば20代と50代前後という、当初想定していなかった二極化した層が集まっていた。坂田さん自身も、その結果に驚いたという。

20代は「エコーができると思って就職したのに、教えてもらえない」という状況に置かれている。やりたいと伝えていても、エコーを学べる順番がいつ来るかわからない。このままでは自分のキャリアが広がらないと感じ、学びに来る。50代は定年を前にした最後の転職機会として来られる方が多い。エコーのスキルを持てばパート勤務でも選択肢が広がり、介護や自分の時間を考えた働き方ができるようになる。

どちらも、転職や自分のキャリアを広げるために必要なスキルを持てていない——スタートラインに立てていない人たちだ。

在宅医療の現場で求められる、新しいエコーの技術

近年、在宅医療でもエコーが使われるようになってきた。プローブ(超音波を発信する探触子)をiPhoneに接続すれば、簡単に、認知症で言葉が話せない患者の腹水や残尿量をベッドサイドで確認できる。ただ在宅医療のエコーは、病院とはまったく異なる技術が求められる。診療時間は15分、エコーに使えるのはたったの5分。その上その結果を踏まえて、処置までしなければならない。また、診療科が決まっていない在宅医療は患者の抱える問題は様々である。その中で自分でポータブル機器を持っていても、画面が小さすぎて練習しようにもうまく見えず練習にならない。そうした「本当にこれであっているのか?」という現場の声が、坂田さんの事業を支える確かな需要になっている。

しかしその需要を形にするまでの道のりは、決して平坦ではなかった。

先が見えない4ヶ月|立ち上げ期に味わった、一番苦痛だった時間

ホームページかSNSか広告か——決められない日々

事業を登録したのは12月末だった。でも、翌年の4月まで何もできなかった。

融資の審査を待ちながら、様々な会社の話を聞き続けた。ホームページもSNSも、全部やらないといけないのに、全部まとめてやってくれる会社がない。誰もが「ニッチすぎて成果が見えない」と言ってくる。どれを優先すればいいのか、判断できなかった。

「先が見えなさすぎて。その時間が一番苦痛でしたね」

「エコーセミナー 大阪」と検索した人が上位に表示された自分のサイトを見つけてくれれば、必ず来てくれる——その確信はあった。でも、ホームページなのかSNSなのか広告なのか、最初の一手が決められないまま審査待ちの時間も重なり、動きたいのに動けない日々が続いた。

需要はある。でも届ける手段が見つからない

「答えは見つかってたんです。このキーワードで検索上位に出れば絶対なんとかなるって。だから、それをやってくれる人さえいれば、って思ってました」

エコー実技セミナーを探している人は確実にいる。その人たちに届きさえすれば事業は動き出す——その一点を信じて停滞の4ヶ月を耐えた。試行錯誤の末、集客のメインはホームページに落ち着いた。現在は受講生の3分の1が地方から足を運んでいる。あの4ヶ月間の苦しさが、今の土台になっている。

「来月予約がなかったらどうしよう」|波のある売上と向き合った日々

一度来始めてから、また減る。その波が一番しんどかった

「全ては受講生ありきじゃないですか。自分でどうにかして何か買ってもらえるとかじゃなくて、絶対に向こうに主導権がある状態で」

お客さんがまだ来ていない時期は「認知されていないだけ、やるしかない」と割り切れた。でも一度来始めてからまた減る時期が、一番しんどかった。相談すら来ない状態では発信し続けることしかできない。波の低い時期に「来月なかったらどうしよう」と繰り返す日々。立ち上げ期とはまた違う、先が見えない重さがあった。

発信を続け、顧客教育を積み重ねた結果

それでも発信を続け、受講生一人ひとりとの関係を丁寧に積み重ねていった。顧客教育がしっかりできてきたことで、最初からクロージングしなくても「また来ようかな」と来てくれる人が半分ほどになった。

「心理的にすごい楽だし、安定にも繋がりましたね」

医療職向けエコー実技セミナーで学ぶ受講生と坂田早希さん

セミナー後、受講生が晴れた顔で帰っていくのを見るときが一番うれしいと坂田さんは言う。技術だけでなく、医療界の女性社会特有の人間関係の悩みも、上司でも同僚でもない「外部の同職種の人」として聞ける。医療職に多い「こうでなければいけない」という固定観念をフラットな立場から整理してあげられたとき、一番やりがいを感じると言う。同じ職場だからこそ言えないことが、ここでは話せる。その安心感が、技術の習得と同じくらい大きな意味を持っている。

娘に見せたかった背中|シングルマザーとして選んだ、自由な働き方

「自分の替えがいない」——それが一番の不安だった

「自分の替えがいない状態。私と娘どっちかが風邪をひいたらどうしよう、何かあった時に任せられる人がいない——私が動けなくなったら、全部止まってしまうっていう不安が一番大きかったです」

何かあったとき頼れる人がいない。その重さは、数字や売上とはまた別の、じわじわとくるプレッシャーだった。それでも二人とも元気に過ごせたことが、坂田さんにとって何より大きな支えだった。

娘と一緒に、仕事の現場へ

前職は自由裁量が大きく、子どもを職場に連れて行くことが許されていた。今の時代、子ども連れで出社できる職場はほとんどない。そんな稀な環境の中で娘は、母親の働く姿を間近で見てきた。外資系の大きな会社に同行し、白い目で見られることもあったと坂田さんは振り返る。それでも娘はその場で空気を読み、静かに座っていた。仕事とはどういうものかを、言葉ではなく体で感じてきたのだ。

今も学校が休みの日はセミナーに連れて行く。母親の背中を見続けた娘の夢は、いつの間にか「カフェでウェイトレスをしたい」から「自分でカフェを作りたい」に変わっていた。

娘と過ごすシングルマザー起業家・坂田早希さん

「売上もチェックされてますよ。(笑)」

学校の算数は苦手なのに、売上の計算はすらすらこなす娘。働く姿勢や生き方そのものが、言葉よりも雄弁に娘に伝わっているのだと思った。

突然始まった介護——誰にでも起こりうることだから、準備が必要

母が突然倒れた。2回目の脳梗塞だった。土曜日の昼まで一緒に出かけていたのに、その日に倒れ、そこから実家へ戻っての生活、そして昨年から在宅介護が始まった。妊娠なら10ヶ月の準備期間がある。でも介護は違う。予告なく、誰にでも、明日にでも始まる可能性がある。

それでも翌日に実家へ帰れたのは、事前に準備していたからだ。離婚しても、転勤しても、何が起きても自分で子供がみられる環境を最初から選んでいた。

「そういう準備はしとかないといけない。介護はいつ始まるかわからない、いつ倒れるかわからないから」

どんな状況になっても動ける状態を自分で作っておく。その思考の根っこも、お母さんから受け継いだものだった。

「選択肢を増やさないと、選べない」|お母さんから受け継いだ言葉

高校生のころ、坂田さんには明確な夢がなかった。勉強に身が入らず、何のために学ぶのかわからなくなっていた時期があったという。そのとき、お母さんが言った。

「勉強ができないと、やりたいことができた時に志望校を受けることすらできない。上から下に降りるのは選択肢が広がってすごく簡単だから、まず勉強した方がいい。女の子だから、この先の環境で結婚相手も変わるよ」

そのひと言が、坂田さんの思考の原点になった。就職するときも同じ教えを受けた。結婚しないかもしれない、結婚しても子供ができないかもしれない、できたとしても産休や育休がしっかり取れる方がいい。そのために大きな病院を選んだ方がいい、小さなクリニックからでは大きな病院に戻るのが難しくなる、と。何かが起きたときにどう動くか、それがだめならどうするか——常に複数の選択肢を準備しておく発想は、今も変わらない。その思考が今の事業に直結している。

「エコーができたら何ができるか。今まで正職で病院でしか働けなかったのに、パートで何箇所も働けるようになったら、人間関係も、時間も、選べるようになる」

エコー実技セミナーの本質は「選択肢を増やすきっかけ」だ。エコーを学んだからといって必ずそれを職業にしなくていい。選べる状態を手に入れることが、自由への入口になる。

キャリアに迷う人へ|坂田さんからのメッセージ

一歩踏み出すことに、リスクはない

「始めることに対してリスクはないって思ってます。新しく何かを始める時に学んだり、一歩踏み出してやってみるということに対しては何もリスクないじゃないですか」

突然仕事を辞めて独立する必要はない。今の生活を維持しながらまず副業として一歩踏み出してみる。向いているかどうかさえわからないまま悩み続けるより、やってみた方が早い。学んだ知識は、たとえ形にならなくても必ず自分に戻ってくる。

もし今、何もない状態から踏み出そうとしているなら、まず生活の土台を確保することが大切だ。

「バイトでもいいから、生活できるだけの収入を確保しておく。正社員じゃなくてもいい、最低限の生活費があれば、安心して動ける」

坂田さん自身も、会社を立ち上げてからしばらくは自分の生活費と会社の収益を完全に分けて管理していた。肩書きではなく、安心感が人を動かす。

「今がどん底じゃない」

「この10年はライフイベントが重なり本当にしんどかった。でもその時に考えたことは今がどん底じゃない、ってことです。悪いことが起こったとしても、今がどん底ではない。より悪くなるかもしれないし、より良くなるかもしれないけど、それを切り開けるのは自分だけだなって」

転職に失敗して、起業しても何もできない4ヶ月があって、売上の波に何度も不安になって——それでも前を向き続けた人の言葉は、重さが違う。今この瞬間に迷っている人にこそ、届いてほしい言葉だと思った。

受講生と話す女性経営者・坂田早希さんと医療従事者

まとめ|選べる状態が、自由への入口

取材を終えて、坂田さんのことを思う。

転職に失敗した経験も、子育ての制約も、先の見えない立ち上げ期も、突然始まった介護も——坂田さんはそのどれも、「選択肢を広げるための経験」として今につなげている。

エコー実技セミナーはあくまできっかけだ。その先に、自分らしい働き方を選べる人を増やしたい。娘に背中を見せ、受講生の固定観念を外し、坂田さんは今日もコーヒーを淹れて、話を聞く。

選べないことが我慢になる。選べることが自由になる。

その入口を、坂田さんはいつも静かに開けている。自分を踏み台にして、次へ進んでほしい——そう願いながら。

INTERVIEW

坂田 早希

坂田 早希

SASHI合同会社 代表社員 / 臨床検査技師

医療従事者向けエコーハンズオンセミナーを運営する臨床検査技師。教員免許取得後、医療への想いを諦めきれず再進学し臨床検査技師に。大学病院、専門学校講師、ベンチャー企業を経て、ライフステージの変化と向き合いながらSASHI合同会社を設立。

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